ケーススタディ(一般論)

生命保険の契約者変更と支払調書
「調書の義務化前に変更したから税務署は知らない」は正しいか

生前に親から子へ生命保険の契約者を変更していた相続人から、「保険会社に調書の提出が義務付けられる前に変更したので、税務署は把握していないはずだ」と言われた場面を想定し、調書の制度・適用時期・税務署の把握手段・課税関係を、相続税法・施行規則・改正法附則・国税庁の記載要領から整理しました。

本ページは一般的な整理であり、個別の事案への当てはめは、契約内容・保険料の払込状況・変更時期を確認したうえで行う必要があります。法令・通達・様式は令和8年10月8日現在のものを確認しています。外部リンクはすべて別タブで開きます。

ご相談の内容

相談の要旨(個人を特定する情報は除いています)

相続税の申告にあたり、被相続人が保険料を負担し、生前に契約者を子へ変更していた生命保険契約があった。
相続人には「契約者変更は税務署が把握しているので、名義保険として申告する」と説明した。

すると相続人から、「保険会社の担当者に『翌年以降は調書の提出が義務付けられる』と言われたので、義務化される前に契約者変更をした」と聞かされた。
申告自体は名義保険を含めて全て計上して行っている。

調書が義務化(平成30年ごろか)される前は、税務署は契約者変更の情報を持っていないということになるのか。

結論

結論の要旨

「調書の義務化前に契約者変更をしたから税務署は把握していない」という理解は正確ではありません。
また、仮に調書に載らなかったとしても、課税関係は何も変わりません。

理由は3つに分かれます。

  • 生前の任意の契約者変更は、改正前も改正後も、変更した時点で税務署に調書が出る仕組みではない。義務化されたのは「契約者の死亡に伴う変更」の調書であり、「義務化前に変更した」こと自体で何かを回避できたわけではない。
  • 支払調書の契約者変更欄は平成30年1月1日以後の変更だけが対象なので、それより前の変更が変更欄に表れないことはあり得る。この一点に限れば相続人の理解は当たっている。
  • それでも、支払調書そのものは改正前から存在し、保険料を払った人を記載する取扱いもあり、税務署には保険会社への質問検査権がある。
    そして何より、課税は「誰が保険料を負担したか」で決まり、名義変更では動かない。

相続人には、「税務署に知られるかどうか」ではなく「保険料を誰が負担したかで課税が決まり、今回はその考え方どおりに全て申告している」という形で伝えるのが正確です。

平成30年1月1日に何が変わったか

調書対象となる出来事平成30年改正との関係
支払調書
(生命保険金・共済金受取人別支払調書)
保険金・解約返戻金等の支払(死亡・満期・解約)改正前から存在 受取人・契約者・被保険者・保険金額・既払込保険料の総額・保険事故の種類は改正前から記載。
改正で「直前の契約者」「現契約者の払込保険料」「契約者変更の回数」の欄が追加された(平成30年1月1日以後に効力が生じた変更のみ対象)。
異動調書
(保険契約者等の異動に関する調書)
契約者が死亡したことに伴う契約者変更改正で新設 平成30年1月1日以後に効力が生じる変更から。
生前の任意の契約者変更(親から子など)は対象外。
生前の任意の契約者変更の時点親から子へ契約者を変える手続調書なし 改正前も改正後も、変更した時点で提出される調書は存在しない。

詳細タブの1章へ(制度の整理) 2章へ(適用時期と経過措置)

相続人の理解はどこまで当たっているか

相続人の理解当否整理
義務化前に契約者変更をしたので、変更時点の調書は出ていない当たるが意味がない生前の任意変更は改正後も変更時点の調書はない。義務化前に急いだことに調書回避の意味はない。
将来の支払調書に、改正前の契約者変更は載らない一部当たる変更欄(直前契約者・払込保険料・回数)は平成30年1月1日以後の変更のみ対象で、それより前の変更は回数にも含めない(省令附則)。
だから税務署は情報を持っていない当たらない支払調書本体は改正前から提出されている。保険料を払った人を記載する取扱いもある。税務署は保険会社へ質問検査・協力要請ができ、被相続人の口座からの保険料引落しで名義保険を把握するのが通常の調査。
税務署が知らなければ課税されない当たらない契約者変更では課税されず、出口(保険事故・解約・相続開始)で「誰が保険料を負担したか」により課税される。調書の有無と課税の有無は別問題。

詳細タブの3章へ(税務署の把握手段) 4章へ(課税関係)

相続人への伝え方

説明の軸を「知られるか」から「誰が負担したか」へ

「税務署が把握しているかどうか」を軸に説明すると、相続人は「把握されていなければ申告しなくてよいのでは」という発想に向かいやすくなります。
説明の軸は次の3点に置くのが正確です。

  1. 契約者を変えただけでは贈与税も相続税もかからない。課税は保険事故や解約、相続開始の時点で、保険料を負担した人を基準に行われる。
  2. 被相続人が保険料を負担した契約は、名義が相続人であっても相続財産(生命保険契約に関する権利)として申告の対象になる。
  3. 今回はその考え方どおりに全て申告しているので、課税上の問題はない。

主な確認事項

詳細タブの5章へ(確認事項の全件)

1 調書の制度の整理(平成27年度改正)

平成27年度税制改正(所得税法等の一部を改正する法律・平成27年法律第9号)で相続税法59条が改正され、保険会社等に次の2つの対応が求められるようになりました。

支払調書の記載事項の追加(相続税法59条1項、同施行規則30条1項)

保険金・解約返戻金等を支払った際に提出する「生命保険金・共済金受取人別支払調書」は改正前から存在します。
改正で、条文が「財務省令で定める様式に従って作成」から「財務省令で定めるところにより作成」に改められ、記載事項が施行規則30条1項に法定されました。
追加されたのは次の事項です。

様式上は「直前の保険契約者等」欄、「既払込保険料等」欄の内書、「契約者変更の回数」欄として実装されています(国税庁F2-1記載要領備考七)。
提出期限は支払った日の属する月の翌月15日で、保険金額等が100万円以下の場合は提出不要です(施行規則30条3項)。

異動調書の新設(相続税法59条2項、同施行規則30条5項・6項)

保険会社等でこの法律の施行地に営業所等を有するものは、生命保険契約又は損害保険契約の契約者が死亡したことに伴いこれらの契約の契約者の変更の手続を行った場合には、当該変更の効力が生じた日の属する年の翌年一月三十一日までに、財務省令で定めるところにより作成した調書を、当該営業所等の所在地の所轄税務署長に提出しなければならない。(相続税法59条2項・要旨)

対象は契約者が死亡したことに伴う契約者変更に限られます。
記載事項は、変更後の契約者、死亡した変更前の契約者、死亡日、変更の効力発生日、解約返戻金相当額、保険料の総額と死亡した契約者の払込保険料等です(施行規則30条5項)。
解約返戻金相当額が100万円以下の契約、掛捨型の契約、団体契約などは提出不要です(同6項)。

生前の任意の契約者変更は、いずれの調書でも「変更時点」の提出対象にならない

親から子への生前の契約者変更は、契約者の死亡に伴うものではないため、異動調書の対象外です。
支払調書は「支払時」に提出するものであり、変更時点では提出されません。
つまり、改正の前後を問わず、生前の任意の契約者変更をした時点で税務署に届く調書は存在せず、「義務化前に変更した」こと自体に調書回避の意味はありません。

所得税法側の支払調書

満期保険金や解約返戻金を保険料負担者本人が受け取る場合に提出される「生命保険契約等の一時金の支払調書」(所得税法225条1項4号、同施行規則86条)にも、同じ時期に、直前の契約者・現契約者の払込保険料・契約者変更の回数の記載事項が追加されています(同施行規則86条1項8号)。

2 適用時期と経過措置

いずれも平成30年1月1日が起点ですが、対象が異なるため分けて理解する必要があります。

規定適用の起点根拠
異動調書(相続税法59条2項)契約者の死亡に伴う変更の効力が平成30年1月1日以後に生ずる場合平成27年法律第9号 附則1条8号(施行日)、附則34条4項(経過措置)
支払調書の契約者変更欄(施行規則30条1項6号)死亡以外の契約者変更の効力が平成30年1月1日以後に生ずる場合。
同日前に効力が生じた変更の回数は、回数欄に含めない
平成27年財務省令第24号 附則1条1号(施行日)、附則3条(経過措置)
新しい支払調書の書式(第五号書式)平成30年1月1日以後に保険金等の支払の事実が生ずる場合平成27年財務省令第24号 附則4条1項
所得税法側の一時金の支払調書(施行規則86条1項8号)平成30年1月1日以後に支払の確定する生命保険金等で、同日以後に契約者変更が行われたもの平成27年財務省令第22号 附則17条

新規則第三十条第一項(第六号に係る部分に限る。)の規定は、保険会社等の営業所等が新規則第三十条第一項第六号に規定する契約の締結後に当該契約に係る契約者の変更(当該契約に係る契約者の死亡に伴い行われるものを除く。)の手続を行うことにより、平成三十年一月一日以後に当該契約者の変更の効力が生ずる場合について適用する。この場合において、同日前に効力が生じた当該契約に係る契約者の変更の回数は、同号ハの回数に含まないものとする。(平成27年財務省令第24号 附則3条・要旨)

相続人の理解が当たっている部分

この経過措置により、平成29年以前に効力が生じた契約者変更しかない契約では、将来の支払調書に「直前の契約者」「現契約者の払込保険料」「変更回数」を記載する法令上の義務はありません。
保険会社が改正前の変更履歴を任意に記載しているかどうかは、公的資料では確認できませんでした。
したがって「改正前の契約者変更が支払調書の変更欄に表れない」ことはあり得ます。この一点に限れば、相続人の理解は当たっています。

3 税務署が契約者変更を把握する手段

上記の限度で変更欄に表れないとしても、「税務署は情報を持っていない」という結論にはなりません。理由は3つあります。

3-1 支払調書本体は改正前から提出されている

改正前の様式(第五号書式)にも、保険金等受取人、保険契約者等(又は保険料等払込人)、被保険者等、保険金額等、既払込保険料等、保険事故等(死亡・満期・解約)、保険等の種類、支払年月日、摘要の各欄がありました。
つまり出口である支払の時点では、改正前から、誰が契約者で、誰が受け取り、いくらの保険料が払い込まれていたかが税務署に提出されています。

3-2 調書は「名義」ではなく「保険料を払った人」を軸に設計されている

契約者以外の者が保険料又は共済掛金の払込みをしていることの明らかなものについては、保険契約者等欄に保険料払込人又は共済掛金払込人を記載し、七の契約者の変更に関する事項は、保険料払込人又は共済掛金払込人の変更について記載すること。(国税庁 生命保険金・共済金受取人別支払調書 記載要領 備考四)

前段の「払込人を記載する」取扱いは改正前の様式の備考にも同じ文言があり、後段の「契約者変更欄も払込人の変更について記載する」は現行の記載要領で定められています。
被相続人の口座から保険料が引き落とされていた契約では、契約者の名義が子であっても、調書には払込人として被相続人が現れ得ます。

3-3 税務署には保険会社への質問検査権と協力要請の権限がある

国税通則法74条の3第1項1号ロは、相続税・贈与税の調査における質問検査の相手方として、「相続税法第59条に規定する調書を提出した者又はその調書を提出する義務があると認められる者」を明示しています。保険会社はこれに該当します。
同法74条の12第1項は、事業者や官公署に対する帳簿書類その他の物件の閲覧・提供その他の協力要請を定めています。
これらは平成30年改正とは関係なく従前から存在する権限であり、契約者変更の履歴や保険料負担の状況は照会・反面調査で把握し得ます。

相続税調査の通常の流れ

相続税の調査では、被相続人の預金口座の入出金を数年分さかのぼって確認するのが通常です。保険料の引落しがあれば、その契約の契約者・受取人・解約返戻金を保険会社へ照会し、名義保険の有無を確認します。
国税庁の「相続税の申告書作成時の誤りやすい事例集」も、被相続人が保険料を負担し相続人が契約者となっている契約を、相続開始時に保険事故が未発生であれば「生命保険契約に関する権利」として申告書第11表の付表4に記載すべきことを注意喚起しています。

4 課税関係(調書の有無とは別問題)

4-1 契約者変更の時点では課税されない

相続税法は、保険事故が発生した場合において、保険金受取人が保険料を負担していないときは、保険料の負担者から保険金等を相続、遺贈又は贈与により取得したものとみなす旨規定しており、保険料を負担していない保険契約者の地位は相続税等の課税上は特に財産的に意義のあるものとは考えておらず、契約者が保険料を負担している場合であっても契約者が死亡しない限り課税関係は生じないものとしています。したがって、契約者の変更があってもその変更に対して贈与税が課せられることはありません。ただし、その契約者たる地位に基づいて保険契約を解約し、解約返戻金を取得した場合には、保険契約者はその解約返戻金相当額を保険料負担者から贈与により取得したものとみなされて贈与税が課税されます。(国税庁 質疑応答事例「生命保険契約について契約者変更があった場合」)

関係法令は相続税法5条2項、相続税法基本通達3-36です。

4-2 課税は出口で「保険料負担者」を基準に行われる

出口の出来事課税の仕組み根拠
被保険者(保険料負担者)の死亡による保険金被相続人が負担した保険料の割合に応じて、相続または遺贈により取得したものとみなす相続税法3条1項1号、基本通達3-16
保険料負担者の死亡時に保険事故が未発生で、契約者が被相続人以外契約者が「生命保険契約に関する権利」を相続または遺贈により取得したものとみなす。評価は解約返戻金相当額相続税法3条1項3号、基本通達3-36・3-37、財産評価基本通達214
保険料負担者以外の者が受け取る保険金保険料負担者から贈与により取得したものとみなす相続税法5条1項、基本通達3-16
保険料負担者以外の契約者が解約返戻金を取得保険料負担者から贈与により取得したものとみなす相続税法5条2項、基本通達3-39・5-6
調書の義務化前に名義を変えても、課税を免れることにはならない

調書は税務署が情報を得るための手段であり、課税要件そのものではありません。
被相続人が保険料を負担していた契約は、契約者の名義が誰であっても、変更がいつであっても、相続開始時の解約返戻金相当額で相続財産として申告の対象になります。
今回は名義保険を含めて全て申告されているとのことで、課税上の問題はありません。

5 確認事項(全件)

6 関連する周辺制度

生命保険契約照会制度(生命保険協会・令和3年7月開始)

親族等の死亡または認知判断能力の低下の場合に、法定相続人等が、被相続人を契約者または被保険者とする有効継続中の契約の有無を、生命保険協会を通じて会員会社に一括照会できる制度です。
解約済・支払済・失効済の契約は対象外です。相続人側が契約の存在を探すための制度であり、税務署の情報源ではありません。

所得税基本通達36-37の改正(令和3年7月1日以後の支給に適用)

法人(使用者)が役員等に保険契約上の権利を支給した場合の評価について、低解約返戻金型保険を利用した名義変更プランに対応する改正が行われています。
法人から個人への名義変更の論点であり、個人間の契約者変更には直接関係しません。

7 出典

いずれも別タブで開きます。法令・通達・様式は改正されることがあるため、申告時点の版を確認してください。

e-Gov法令検索

相続税法59条(調書の提出)、3条1項1号・3号、5条1項・2項

附則欄に平成27年法律第9号の附則1条8号(施行日)・34条4項(異動調書の経過措置)が収録されています。

相続税法施行規則30条(調書の記載事項等)

1項(支払調書の記載事項)、3項(100万円)、5項(異動調書の記載事項)、6項(除外契約)。附則欄に平成27年財務省令第24号の附則1条1号・3条・4条が収録されています。

所得税法施行規則86条1項8号、国税通則法74条の3・74条の12

国税庁

法定調書の手続と記載要領

F2-1 生命保険金・共済金受取人別支払調書(備考四・七)、F2-4 保険契約者等の異動に関する調書。

質疑応答事例「生命保険契約について契約者変更があった場合」

相続税法基本通達 3-16、3-36〜3-39、5-6

相続税の申告書作成時の誤りやすい事例集 ⑨・⑩(保険事故が発生していない生命保険契約)

タックスアンサー No.1755 生命保険契約に係る満期保険金等を受け取ったとき

所得税基本通達36-37の改正(令和3年6月)

生命保険協会

生命保険契約照会制度のご案内